ポイント① 日本の伝統と文化を重視

 『13歳からの道徳教科書』の編集方針のひとつは、「日本の伝統と文化を重視する」ことです。しかし、歴史や国語ではなく、道徳の教材で日本文化を大切にするということはどういうことでしょうか。それは、日本人の精神的特質、つまり「日本人の心」をきちんと学べることだと思います。

 編集委員会では、具体的に教材選定をする前に、過去から引き継がれた日本人の価値観の基準、特に善悪を判断する際の基準とは何であろうかということを話し合いました。古くは聖徳太子の「和」であり、民衆の「正直」であり、武士の「勇気」や「献身」であり、そして皇室の「慈愛」など思い浮かびます。そうした様々な素晴らしい心に貫かれている根本的なものは一体何なのか。それは「清明心」ではないかと考えました。

 清明心とは、私利私欲を持たない、曇りのない清らかな心と言う意味です。純粋であるがゆえに、善悪を正しく判断することができ、人々のために尽くそうという姿勢がうまれます。そして、そのなかに「孝行」「友愛」「誠実」「友情」「勤労」などの様々な徳目が貫かれています。

 残念ながら、近年では私利私欲によって引き起こされたと思われる事件をメディアで目にすることが多くなりましたが、はからずも東日本大震災の被災地の人々の姿に日本人に確かに引き継がれている「清明心」を数多く見いだすことが出来ました。この心を伝え広めることが、『13歳からの道徳教科書』の大きな役割と考えています。

 

ポイント② 人物の生き方に学ぶ。

今の道徳教育は、子供たち自ら「学ぶ」という視点を重視するあまり、ある価値観を先生から伝えることは、「押し付け」になると考え、「教える」ことを避ける傾向があります。「自分で考えよう」「自分なりの価値観を見つけよう」とする考え方です。しかし本当にこれで良いのでしょうか。

 日本での学問、武芸・スポーツ、芸能等の伝統的な修業過程では「守・破・離」が大事である言われています。「守」とは定型を身に付ける段階であり、これがなければ、その上に築く、「破」る段階も、そして「離」れて、自分独自の型をつくることも実現できないからです。今の道徳教育は子供達に最初から「破」と「離」を要求しているように思えます。

 『13歳からの道徳教科書』は、「守」の段階である「型」を大切と考え、子供達に目標となるような生き方を見つけてもらえるように、多くの優れた人物の伝記を採用しています。

 

ポイント③ 学習指導要領に沿った編集

 最後のポイントはこの教科書が現在の中学校の道徳学習指導要領に完全に準拠していることです。つまり指導要領に挙げられた価値項目の順序に忠実に従い題材が配置されています。なぜそこまで学習指導要領に沿った編集をするのか、むしろ、自由に作ったほうが、理想の教科書になるのではと考えるむきもあるかも知れません。

 しかし『13歳の道徳教科書』を編集した「道徳教育をすすめる有識者の会」の最終的な目的は、学校できちんとした道徳教育が行われることです。そしてそのためには、道徳が「教科化」することが必要だと考えています。

 現在、道徳は教科ではありません。そのために、道徳の時間で使用されているテキストは、あくまで副教材であり「教科」書ではないのです。そして「教科」ではないことのデメリットは、専門の先生がいないことです。大学の教職では道徳の専門課程はありません。したがって、今は担任の先生が、道徳の担当をしているのです。正式の教科書がなく、専門の先生がいない状況では、質の高い授業がなされることは期待できません。

 したがって、学習指導要領に沿って編集した理由とは、今すぐにでも中学校の副教材として使ってもらいたいからです。将来の道徳の教科化が、机上の空論に終わることなく、まず教科書作成と学校での使用から始めることで、しっかりとした道徳教育への一歩を踏み出したいと思っています。

 また、平成十八(二〇〇六)年に改正された教育基本法に基づき、平成二十(二〇〇八)年に改訂された学習指導要領は、準拠に値するものと考えています。この指導要項をきちんと反映させれば、素晴らしい教科書ができること、そしてこれが既存の道徳教材への新たな問題提起になることも目指しています。