趣意書

 かつて日本を訪れた多くの外国人は、わが国の国民性を「高貴である」と讃えました。日本人の礼儀正しく気配りに満ち、かつ誠実と清潔を尊ぶ国民性は、世界の称賛の的であったのです。地下資源の乏しいわが国が、戦後急速に経済発展をとげることができたのも、歴史に培われたこうした国民性のたまものといえましょう。その国民性が、正しい教育の力によって連綿として継承されてきたからこそ、戦後日本も幾多の苦難を乗り越え、豊かで自由な生活を築き上げることができたのです。

 

 しかし戦後の日本は、先人たちが培ってきた国民性の継承という大切な問題を放置してきました。いわば先人たちの遺産を“食いつぶしてきた”ともいえます。わが国の国民性を継承させるための教育は、一貫して危険視され、タブー視されつづけ、教科書や副教材のなかから、道徳的な説話や偉人の伝記などが次々に消されてきたのです。そして、「道徳教育」と称しつつ、じつは子供たちの道徳心を破壊する教育方法が、今や全国で行われるようになっています。

 

 もちろん、現場で独自に工夫をこらし、貴重な成果を挙げている先生方は全国にいらっしゃいます。しかし、大手教科書会社から発行されている現在の小中学生用の道徳教材を見ても、そこに「生き方」の手本を見出すことは難しいように思われます。社会生活を営むうえで重要な「正義」「勇気」も「勤勉」「忍耐」もありません。正しい意味での「公共心」も「愛国心」もありません。このような教材で、どうして子供たちが、これからの厳しい社会を乗り切っていく力を、身につけることができるでしょうか。

 

 近年、多くの識者たちが、「日本は二流国に転落する」「このままでは先進国ではなくなる」と警告しています。いや「精神的にはもはや二流国である」と断言する識者もおり、それを裏付けるかのように、わが国では異常で病的な犯罪や自殺が増加しつづけ、子供たちの学力の国際比較データも、日本の暗い将来を警告しています。歴史は“わがままな怠け者”には厳しい裁定を下すでしょう。このままでは確実に、次の世代は、私たちの世代よりも、劣化した社会環境におかれます。

 

 手遅れだ・・・と諦めるのは簡単でしょう。傍観者は、いつの時代も無責任な批判に終始するものです。しかし、私たちは、我が民族の底力を信じ、次の時代の日本のために、未来の子供たちに“心の資産”を残すため、起ち上がります。先人の思いを伝え、子供たちの未来を切り開くために「新しい道徳教育」を、具体的な「道徳教科書」の作成を通して提示いたします。

 

 「道徳の時間」が特設されて、すでに五十年になり、また教育基本法が改正されて新しい学習指導要領が作られたにもかかわらず、「道徳の正式教科化」は、いまだ実現されていません。私たちは、それに先駆けます。有識者や専門家の叡智を結集するとともに、よりよき道徳教育を望む多くの国民の声を集めます。力をあわせて「日本の道徳教科書」を制作し、子供たちの手に渡します。また、教材の作成に止まるころなく、体験学習や奉仕活動などを通して、自然に道徳的な姿勢や態度を身につけることのできる新たな指導法を工夫します。

 

 語り伝えたい物語・・・、受け渡したい言葉・・・、珠玉のような人生の教訓・・・、甘露のような人生の知恵・・・、私たちは、それらを教科書のなかに盛り込みます。子供たちの心に、我が国に生かされていることへの感謝の思いが満ちるとき、子供たちは、すすんで世のため人のために生きようとする報恩の人となることでしょう。

 

 私たちは、「道徳教科書」の作成を通じて、我が国の新しい道徳教育の「スタンダード・モデル」を提示したいと思います。皆様のご理解・ご指示をたまわれば幸いです。

 

 

                                      平成二十年七月吉日

                                道徳教育をすすめる有識者の会