ごあいさつ ― 美談を伝えよう

 

 

 

 

 

 

渡部昇一 

  道徳教育をすすめる有識者の会代表世話人

 上智大学名誉教授

 

 

 小学生の頃に読んだ雑誌か絵本にあった話ですが、日露戦争のときに、八代六郎(1860~1930)という艦長が、撃沈したロシアの軍艦の水平たちを救い上げました。追撃戦に移って行けば更に戦果を拡大できたのに、そこで戦闘を中止して敵兵の救助活動に当たったのは、まことに「武士の情」を知っている人として称賛されていました。

 

 子供は美談に敏感なものです。新井白石の勉強ぶりとか、中江藤樹の親孝行の話を読めば、話の通りのようなことはできなくても、学問に対する向上心が呼び起こされたり、親孝行は美しいもので自分もそうすべきだ、というぐらいの気になるものです。道徳、あるいは徳目の起源については諸説があるでしょうが、先人や他人の行為を見て「美しい」と感じることができる時に、その行為につけた名前が徳目ではないでしょうか。「忠」とか「孝」とか「悌」とか「信」とか、徳目の命名の前には人を感心させた行為があったに違いありません。そして、よい徳目が発揮された話を読んだり聞いたりすると、人は感激し、共感し、心のどこかにその影響が残るのです。

 

 道徳教育の一つの道は、われわれが「美しい」と感ずるような実話を年少の者たちに伝えることではないかと思います。健全な少年少女にとって、美しい、為になる話は、同時に面白いのです。教室で偉人の話をすれば、子供たちの目は必ず輝くはずです。われわれは世界中の美しい話、よい話、そして特に日本人の行った素晴らしい話を子供たちに伝えるべきでしょう。

 

 近年、親殺し、子殺し、家族殺し、夫殺し、妻殺しの新聞記事を見ない日はないような状況になりました。戦後の日本では道徳教育は非常にやりにくくなり、はっきりとした規律や徳目を教えられなくなりました。

 

 今の日本では、道徳の基準をきちんと教えていないように思います。我々はこうした教育の現場を省みて、みんなが納得するような日本的な仕方で徳目を教える必要があると考えています。子供たちが志を立てて、それぞれの道で志を遂げること、自分に合った成功の道があることを教えることは非常に大切だと思います。

 

 そのためには、皆で知恵を結集して、論じる集まりが是非必要であると考えたのが、この「道徳教育をすすめる有識者の会」を始めた理由です。皆様のご支援・ご協力をいただければ大変幸いに存じます。